年の頃は20代後半くらいで少しやせ気味、
整った顔つきだけど化粧が薄いのでとりたてて美人にも見えない。
真面目そうな表情から、昔の担任の女教師に似てるなと思った。
出発してから運転手のアナウンスがあり、
「途中、中間地点のSAにてトイレ休憩を行います。
尚このバスにはトイレが設備されておりませんので、休憩地点にてお願いします。」
といった説明があった。
バスは市街地を順調にすり抜け、いよいよ高速に上がる時俺はとんでもない看板を見た。
「東名リフレッシュ工事、ご協力をお願いします。」
凄まじい渋滞だった。
高速に乗って30分後の移動距離800m。
俺たち三人は、「間に合わないな-。」と言ってたけど、
もう開き直ってまるで学生の修学旅行の様な雰囲気で楽しんでた。
出発してから1時間程してふと隣を見ると、女が少し苦しそうにお腹を押さえて前屈みになっていた。
俺が大丈夫か?と声をかけると消え入りそうな声で、「大丈夫です」と答えた。
そうはいっても大丈夫そうに見えなかったので、様子を窺っていると、
もの凄く苦しそうな表情の時と、少し楽そうな表情をするときがあるのに気が付いた。
もしかしてうんこしたいのか?、何となく俺は気が付いた。
その苦しさはとっても、とってもよく分かるが俺にはどうすることも出来ない。
渋滞は相変わらずで、進んでるより止まっている方が長い気がする。
するとカーブの先から電光掲示板が見えてきた。そこには、
休憩のSAまで「2時間以上」 その後すぐに運転手からのアナウンスが。
「渋滞の為お客様には大変ご迷惑をお掛けしております。当初○○SAにて休憩の予定でしたが、
△△PAに変更と致します。」
たしかに一番近いPAに変更になったけど、
さっきの電光掲示板に△△PAまで「40分」と書いてあった様な気が・・・。
この子それまで持つだろうか?、ふと頭にそんな思いがよぎった。
渋滞は相変わらず、しかしその子には変化が現れてきた。
最初は苦しい表情と楽な表情がほぼ同じ割合だったが、いまは明らかに苦しい表情が長い気がする。
そして額や鼻の頭には汗が浮かんでき始めた。
俺は心配する気持ちで見ていたが、その子がその何かに堪え忍ぶその姿に、
何か体の奥からこみ上げる物を感じ、実は勃起していた。
渋滞は少しは解消し始めたようだった、しかし歩いた方がまだ早い事に違いはない。
その子の方は更に悪化している。もう楽な表情は浮かべない、ずっと苦しそうな表情だ。
俺はふと時計を見た。さきの電光掲示板から20分ほど経過している。
もし日本道路公団の情報通りなら、あと20分程でPAに到着するだろう。
しかしその子の方は、誰が見ても限界が近いのが分かる程だった。
額からの汗はまるで蓮の葉を落ちる水玉のように流れ落ち、下唇をぎゅっときつく噛みしめ、
太ももを堅く閉じ、その上に置いた両拳は微かに震えていた。
その時ウィンドウの前から緑の看板が目に飛び込んできた。
「△△PA、あと1000m」俺は多分間に合ったであろう事を確信し、少し浮かれていた。
座席の隣に座っただけ、もちろん名前も住所もその子がどんな子かも知らない。
ただこの2時間弱を隣で過ごしただけ。
だけど俺の中では何かをやり遂げた彼女と、それを見守った俺。
オリンピックを見終わった後のような、清々しい気持ちだった。
しかし、彼女は限界だった・・・。
バスの中に突然とてつもない異臭が広がった。
後日、同僚たちは「いきなり凄まじい香りだった」と言ったが、俺には音も聞こえた。
湿った音で、柔らかい物と液体が同時にひねり出されるような。
しかし同僚には酒が入ってもその事を言わなかった、いやその後に見た物を思い出すと言えなかった。
彼女は、ただうつむき泣いていた・・・。
その後PAに入る迄の10分の間で、乗客は多分全員理解した。
扉が開くと彼女を除いた皆が先に降り、彼女は最後に降りた。
俺の前を小走りに駆けるその子の後ろ姿が目に入った。
スカートのおしりの部分から下が濡れ、ふくらはぎの裏ろ踵に何か茶色の物がついてた。
出発時間になり彼女は最後に戻ってきた。
汚物は洗い流してあったが、スカートはもちろん濡れたままだった。
よく戻ってこれたなとも感じたが、PAで徒歩で降りてもどうしようもないなと思い直した。
彼女はその後は泣かなかった。
いや、目には涙を溜めていたが、唇を一文字に閉じてずっと窓の外を眺めていた。
目的地に着き、彼女は立ち上がると自分で汚した座席を
ハンカチと首に巻いていたスカーフで拭き取りそれをハンドバックにしまい込んだ。
そして降りるとき運転手に、深々と一礼した。
まるで一般の人が皇族の方に礼をするように。
濡れたスカートのまま遠ざかって行く彼女を見て、
俺はバスの中で感じた邪な想いが唾棄すべきような気がした。
その晩のビールはいつも以上に苦かった。